フコイダンとは、大量のフコース、ウロン酸、硫酸基を含む多糖類であり、さまざまな生理活性機能を有することが解っています。
九州大学において基礎研究が行われているフコイダンは、摂取した時に腸管から吸収されやすくするために低分子加工した酵素消化低分子化フコイダンです。
基礎研究の結果から、フコイダンを低分子化することにより細胞レベルで違いが出てくることが解ってきています。
低分子化フコイダンは現在、東京医科大学の落谷孝広特任教授による免疫機能解明のための研究、そして歯科分野においても基礎的研究が行われており、歯科領域への有用性を示す症例も多数報告されております。
2024年に九州大学大学院 照屋輝一郎助教による最新の基礎研究発表が行われました。
基礎研究でこれまでに報告されている主な作用
アポトーシス誘導作用
がん細胞及び正常細胞に低分子化フコイダンを処理し、増殖に及ぼす効果の実験を行ったところ、正常細胞は著効が無かったが、がん細胞に対しては低分子化フコイダン濃度が高くなるにつれ、大きく細胞の生存率が低下しました。
さらに調べたところ、低分子化フコイダンにはがん細胞だけをアポトーシスに導く作用があることが解りました。
抗がん剤と低分子化フコイダンの併用効果
がん治療において多くの癌種で使われるCDDP(シスプラチン)と低分子化フコイダンを併用した実験の結果、がん細胞においてはCDDPの濃度が高まるにつれ細胞死が増強し、また、低分子化フコイダンの処理濃度が高まるにつれ、CDDP単独よりも細胞死が大幅に増強されました。
この実験から、低分子化フコイダンは抗がん剤の邪魔をせずに、むしろ併用することで抗がん剤と低分子化フコイダン両方でがん細胞を攻撃していることが示されました。
一方、正常細胞においてはCDDPの濃度が高まるにつれ細胞死が大きく増強するものの、CDDPを処理した時に低分子化フコイダン処理を併用した場合、低分子化フコイダン濃度が高まるにつれて細胞死が抑制されました。
この実験から、正常細胞に対しては抗がん剤の攻撃から低分子化フコイダンが守ってくれる保護作用があると考えられます。
抗がん剤と低分子化フコイダンを併用することで、がん細胞へのがん抑制効果の増強と正常細胞への保護効果の二点があると考えられております。
がん血管新生、浸潤、転移の抑制効果
研究の中で、がん細胞に低分子化フコイダンを処理すると、がん細胞の血管新生と、さらに浸潤を抑える作用が認められました。
血管新生と浸潤を抑えることができれば、それは転移を抑えるということにも繋がってきます。
免疫チェックポイント関連遺伝子の発現変化誘導
がん細胞はPD-L1を細胞表面に発現して細胞傷害性T細胞に付いているブレーキスイッチであるPD-1とくっつき、自身が排除されるのを防ごうとします。低分子化フコイダン処理によるがん細胞のPD-L1の発現変化量を調べたところ、低分子化フコイダンはPD-L1の発現を抑制することが解っております。
低分子化フコイダンのがん幹細胞に対する効果
悪性腫瘍は親となるようながん幹細胞と子のがん細胞に分かれており、がん幹細胞は腫瘍形成能・自己複製能・分化細胞を生み出す・無制限に分裂可能といった特徴を持っています。
薬物療法が奏功して画像上から消失しても、がん幹細胞が残っている場合は転移や再発をすると言われています。
がん細胞をいくらたたいても、がん幹細胞が残っていれば結局再発してしまいます。
反対に考えると、がん幹細胞をたたくこがとができれば完治できるということです。
基礎研究の中で抗がん剤を処理した時と低分子化フコイダンを処理した時に、がん幹細胞マーカーであるCD44※1とCD133※2にどのような変化が出るかの検証が行われました。
その結果、抗がん剤を処理した時は抗がん剤の濃度を高くすると通常のがん細胞に対しての効果は強いが、がん幹細胞は残ってしまうという結果になりました。
次に、低分子化フコイダンを処理した時は低分子化フコイダンの濃度を高くすると通常のがん細胞も細胞死に導きますが、がん幹細胞も顕著に減少しました。
この結果から、抗がん剤は普通のがん細胞に対しての効果はあるが、がん幹細胞が残ってしまうため再発しやすい。しかし、低分子化フコイダン処理の場合はがん幹細胞にも効果があるため、腫瘍が小さくなり、さらにがん幹細胞の比率が低くなるために再発しにくいのではないかと考えられます。
※1 CD44:抗がん剤や放射線治療に対する抵抗性に関連
※2 CD133:腫瘍細胞の生存ならびに増殖を促進する役割を担う可能性が示されている
2024年-最新の基礎研究報告
正常な細胞ではグルコースをエネルギー源として利用するため、解糖系※によってピルビン酸に変換します。
変換されたピルビン酸の多くはミトコンドリアに入り、TCA回路によってATPを産生して細胞にエネルギーを供給します。そして、低酸素下では酸素を使わずにエネルギーを作らなくてはいけないので、ピルビン酸から乳酸が作られます。
しかし、がん細胞や一部の細胞においては、解糖系※によって変換されたピルビン酸がミトコンドリアに入らずに、乳酸を生成します。
これは通常であれば低酸素という条件下でみられるプロセスですが、がん細胞などでは有酸素下であってもTCA回路に依存せずに乳酸を生成してエネルギーを得るワールブルグ効果と呼ばれる現象が起こります。
乳酸をたくさん作るワールブルグ効果が高いがん細胞の方が悪性度が高いとも考えられています。
今回、このがん細胞の代謝機能に対する低分子化フコイダンの効果についての確認が行われ、その結果の報告がありました。
※解糖系:糖質(グルコース)をピルビン酸や乳酸に変換する代謝経路であり、身体を動かすエネルギー源のATPが作られる過程
(1)2種類のがん細胞に対する低分子化フコイダンの効果の違い
HCT116(ヒト大腸がん由来細胞)とHT1080(ヒト線維肉腫由来細胞)の細胞に低分子化フコイダンを添加(0mg/ml、0.5mg/ml、1.0mg/ml)し、低分子化フコイダンの濃度依存的にがん細胞数がどうなるかという低分子化フコイダン単独の効果について実験が行われました。
HCT116細胞・HT1080細胞ともに低分子化フコイダンの濃度依存的に細胞数が減少しました。
さらに、HCT116細胞よりもHT1080細胞において、より細胞数が減少するという結果が示されました。
(2)2種類のがん細胞の乳酸産生量とATP産生量の測定
HCT116細胞(ヒト大腸がん由来細胞)とHT1080細胞(ヒト線維肉腫由来細胞)の乳酸産生量の測定とATP産生量の測定がOligomycin単独処理で行われました。
(2)―1 乳酸産生量の測定(Oligomycin単独処理)
各細胞にOligomycin無添加と添加(1.25μM)した時の乳酸産生量を確認しました。
OligomycinはミトコンドリアのATP合成を抑える薬のため、Oligomycinを使用することでミトコンドリアでATPが作れなくなります。
TCA回路に頼らないエネルギー生成の結果、乳酸産生量が増加します。
HCT116細胞についてはOligomycinを添加すると、乳酸産生量が高くなりました。
HT1080細胞では、Oligomycin無添加時にはすでにHCT116細胞に比べて2倍ほど乳酸産生量が高く、Oligomycinを添加しても乳酸産生量に変化はありませんでした。
以上のことから、HCT116細胞は元々はミトコンドリアを使ってエネルギーを作り出している。HT1080細胞については元々ミトコンドリアを使っていないということで、ワールブルグ効果が高いということが解りました。
(2)―2 ATP産生量の測定(Oligomycin単独処理)
各細胞にOligomycin無添加と添加(1.25μM)した時のATP産生量を確認しました。
HCT116細胞は、「(2)―1 乳酸産生量の測定(Oligomycin単独処理)」で、ミトコンドリアを使ってエネルギーを生成しているため、ATPの産生量が低下しました。
一方で、HT1080細胞に関してはOligomycin処理でのATP産生量低下は見られませんでした。
がん細胞はワールブルグ効果でミトコンドリアを使わずにエネルギーを作ることができます。
正常細胞はミトコンドリアや酸素などをふんだんに使うため、Oligomycinの影響を受けやすく、Oligomycinの影響を受けにくいものががん細胞寄りと考えられます。
「(2)―1 乳酸産生量の測定(Oligomycin単独処理)」「(2)―2 ATP産生量の測定(Oligomycin単独処理)」の結果から、HCT116細胞、HT1080細胞ともにがん由来細胞ですが、HT1080細胞の方がより悪性度が高いことが示されました。
(3)ワールブルグ効果に対する低分子化フコイダンの効果
ワールブルグ効果に対する低分子化フコイダンの効果を調べるため、2種類(HCT116細胞・HT1080細胞)のがん由来細胞を用いて検証が行われました。
(3)―1 低分子化フコイダン単独処理による乳酸産生量の測定
HCT116細胞とHT1080細胞に低分子化フコイダン無添加と添加(0.2mg/ml、0.4mg/ml)した時の各細胞の乳酸産生量を確認しました。
HCT116細胞に関しては低分子化フコイダン無添加時と添加時において、ほぼ変化はありませんでした。
HT1080細胞は、「(2)―1 乳酸産生量の測定(Oligomycin単独処理)」で示されているようにワールブルグ効果が高く、無添加時でもHCT116細胞の倍ほど乳酸産生量は高い状態です。
そこに低分子化フコイダンを添加(0.2mg/ml、0.4mg/ml)すると、低分子化フコイダンの濃度依存的にHT1080細胞の乳酸産生量の低下が確認されました。
この実験により、低分子化フコイダンがワールブルグ効果を抑制している可能性が確認できました。
(3)―2 低分子化フコイダン及びOligomycin併用処理による乳酸産生量の測定
HCT116細胞とHT1080細胞において低分子化フコイダン単独処理時の乳酸産生量と低分子化フコイダンとOligomycin併用処理時の乳酸産生量を確認しました。
HCT116細胞では、低分子化フコイダン単独処理においては「(3)―1 低分子化フコイダン単独処理による乳酸産生量の測定」の時と同様、乳酸産生量にほぼ変化はみられません。低分子化フコイダンとOligomycin併用処理時では、低分子化フコイダン無添加でOligomycin処理のみの時は「(2)―1 乳酸産生量の測定(Oligomycin単独処理)」と同じように乳酸産生量が高くなります。
しかし、そこに低分子化フコイダンを添加することで濃度依存的に乳酸産生量が低下しました。
HT1080細胞では、低分子化フコイダン単独処理時は「(3)―1 低分子化フコイダン単独処理による乳酸産生量の測定」の時と同じように、無添加時からHCT116細胞の倍ほどの乳酸産生量という高い状態から始まり、低分子化フコイダンを添加(0.1mg/ml、0.5mg/ml、1.0mg/ml)すると濃度依存的にHT1080細胞の乳酸産生量は抑制されました。
次に低分子化フコイダンとOligomycin併用処理を行いましたが、低分子化フコイダン単独処理時との変化はほぼありませんでした。
この実験からも「(3)―1 低分子化フコイダン単独処理による乳酸産生量の測定」と同様、低分子化フコイダンがワールブルグ効果を抑制している可能性が示されました。
(3)―3 低分子化フコイダン及びOligomycin併用処理によるATP産生量の測定
HCT116細胞とHT1080細胞において、低分子化フコイダン単独処理時のATP産生量と低分子化フコイダンとOligomycin併用処理時のATP産生量を確認しました。
HCT116細胞では、低分子化フコイダン単独処理時とOligomycin併用処理時を比較すると、Oligomycin併用処理をした場合、ATP産生量がより抑制されました。
HT1080細胞では、「(2)―2 ATP産生量の測定(Oligomycin単独処理)」の結果でも示されているようにOligomycin単独処理の場合、ATP産生量は低下しませんでしたが、低分子化フコイダンを併用することでATP産生量が強く抑制されることが確認できました。
今回の研究から、ワールブルグ効果が高くなるほど低分子化フコイダンの抗腫瘍効果も高まることが示唆されました。
そして、ワールブルグ効果のない正常な細胞に関しては、低分子化フコイダンを添加しても影響を及ぼさなかったことから、低分子化フコイダンはワールブルグ効果の高いがん細胞に対してより効果を発揮するのではないかと考えられます。
すでに低分子化フコイダンががん細胞と正常細胞を見極めて、がん細胞を特異的にアポトーシスへと誘導することが解っていますが、その理由として今回の基礎研究の結果が関わっているのではないかという可能性が示されました。
また、低分子化フコイダン単独処理でがん細胞が濃度依存的に減少していることから、ワールブルグ効果の有無に関係なく、低分子化フコイダンはがん細胞に対する抗腫瘍効果があることが確認されました。